スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
無關心,此れこそ極地にして最終の對義語たれ.
 愛の對義語が無關心と聞きて,小生なりの戲言をば.

 愛しの對義語が憎しに非ず,無關心にて有り.其れならば全ての對義語は無關心と云ふ事になりて了ふ.
 何故ならば無關心は關心の對義語.關心とは對象に如何なる形にて有らむとも何かを感し,何かを思ふ事に有り.
 其れが愛,好意,憧憬,美味,甘し,眩しにて有らむとも.其れが憎し,嫌惡,輕蔑,不味,苦し,暗しにて有らむとも.其れは關心有る故に思ひ感す.其れが出來るに有り.
 しかし,無關心とは關心を向けざる事なり.對象に何も感しず,何も思はず.
 ただ其れ丈なり.其れ丈にて有る故に極地にして最終.

 興味無く好奇心も向けざる丈ならば,此れ限り無く無關心に近し.
 しかし限り無く決定的に何處かが異なり.

 無關心.

 無關心とは興味無き事,好奇心を向けざる事,其れ等を含め乍ら更なる上を行く.
 興味無し,好奇心を向けざる事.此れ等には慥かに對象が存在す.
 存在すれども自分とは全く合はざるが故に如何に思へば,如何に感すれば良かるのかが判別附かざる物なり.
 だが,無關心は違ふ.
 對象が存在し非ざるのと何ら變はらず.對象は存在せるのに如何にも思はず,如何にも感しずにあり.
 存在を否定する訣にても非ず.抑々存在すらも感しざる爲に否定する事すらも必要非ざるは,存在せざるものと何ら變はり無き物たらむ.

 全ての言葉の最終にして極地たる對義語.
 其れこそ無關心たり.

 此處迄全て小生の戲言にあり.

スポンサーサイト
【2009/05/18 07:10】 | 戲言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<刷新シツ | ホーム |
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://allthingschange.blog102.fc2.com/tb.php/11-d6b9db1d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。